2014年4月26日土曜日

軌道修正の旅

4ケ月の闘病生活は初めての体験であり、かなりハードな体験でした。
ストレスも出て来て東京での治療生活が重荷にも感じられ、またバリにやり残した諸々のことを整理することもあって、10日間ウブッドの自宅に帰りました。
羽田からのガルーダ航空の直行便はいつもエアーアジアで一日かけての旅よりは快適なものでした。空港にはカデッ達が迎えに来てくれ、2人ともボディビルで鍛えた体でスーツケースを軽々と運んでくれます。
家に着くと犬達の大歓迎、飛びつかれるとこけそうになるくらい、体当たりしてきます。30分くらい続く歓迎の嵐、4ヶ月の留守は彼達にも初めての体験だったので、寂しい思いをしたことでしょう。休む事もなくジャレあう我々、なんと幸せなひと時、みんな元気で子供達は一回り大きくなって私たちを歓迎してくれました。
丁度次の日が子供のトロとパンダの一歳の誕生日で、パンケーキにケチャップとマヨネーズをあしらったバースデイケーキを作って祝いました。私たちの大切な家族です。



 
雨季の4ケ月での留守はいろんなものが機能しなくなっていました。バイクはブレーキがつぶれていて、バッテリーもあがってしまい、修理に出すとエンジンのパーツからタイヤの交換とたいそうな修理になってしまい、車も留守中友人にみてもらっていましたが電気系がダメになっていました。そして一番のダメージは8年使っている I-Mac のコンピューターが起動しません。ウブッドの雨季はカビと湿気でハイテク電気製品を止めてしまいます。早速バリのマックのエンジニアーに診てもらいましたが、ロジックボードがいかれていて、買い替えるより方法はないと、アップル代理店に聞いてストックがあるか確かめてあげるよと簡単に言うが20万円近くするものをおいそれとは買い替える余裕などない。
そこで私の Macの先生に連絡して診てもらうとハードディスクだと言う。彼はカナダ人でモントレオールのアップル社に勤めていたコンピューター技師で、新しいハードディスクをオーダーしてくれて、交換修理してくれた。ハードディスクは9千円ほどでした。
そして新しいバージョンのマーベリックやフォトショップ、イラストレーターもアップロードしてくれた。これで我コンピューターも再生しました。
修理に多忙な数日が過ぎて、サヤン村では夜の10時からチャロナラン舞踊の会が開催され朝の3時まで行われた、チャロナランは善霊(バロン)と悪霊(ランダ)の戦いと、悪霊と戦う人の話などを踊りにしたもので、村人のガムラン楽団、ダンサーが演じる。半農半芸のサヤン村の人達は二つの顔を持っている。田んぼで働く姿と儀式で正装して神に捧げる時の姿は実にカッコいいです。



ウブッドに住む温冷お救い治療をするサコさんに治療をしてもらった。特に白血球を増すための治療を特別にしてもらい、滞在中2日血液の浄化をしてもらいました。彼女のパートナーはミュージシャンでプラネット・バンブーと言うバリで活躍するグループのリーダー、トモカは今彼らがレコーディングする新しいアルバム -Reborn- にも参加しています。また彼女が新しく作るアルバムにはこのグループの人やバリに住むミュージシャンとの共演で6月には彼女の新しいCDのレコーディングがバリで始まります、楽しみです。彼女も滞在中はリハーサルやウブッドのラジオにゲスト出演と忙しくしていました。
そんな中、良く行ったギャンニヤールの夜店に行き、屋台で食べたり、サンダルを買ったり、蓮の鉢の中にいれるメダカを買ったりして楽しく、懐かしい夜の賑わいをたのしみました。




ところが日本に発つ2日前に思わぬ事故に遭遇しました。買い物を済ませて沢山の荷物を持って帰り玄関の門が開いた瞬間に一匹の犬が外に出て、みんなも出ようとするので慌てて門を閉めようとして転倒、激しい痛みで動く事も出来ず、家内が近所の人達を呼んで来てベランダに運んでもらったのですが、肩から落ちて脱臼してしまいました。すぐに病院につれて行ってもらい、痛み止めの点滴をしながら整骨の先生を待つ事3時間、レントゲンを取ってみるとやはり肩の骨の脱臼、友人達が心配して見守る中麻酔を打たれた私は深い眠りに、目が覚めるとみんなの笑顔がそこにありました。そして家に戻った時は夜の1時を過ぎていました。
翌日お手伝いのお母さんが昨日転倒した場所を浄める浄化の儀式をしてくれ、私に降り掛かった災難の厄払いと健康を祈っていただきました。
なんと言う思いも寄らぬ災難にア然、首から吊った腕はしびれていました。骨が折れていなかったのが不幸中の幸い、不自由な身体での荷造りはわびしいものがありました。
そして帰る日の朝、バリアンのチョコルダ大師のもとをたずね悪い「気」と肩の施術をしてもらい、師の作った薬をもらって一路空港へ、短い旅に起こった沢山のことが遠い記憶のように頭をかすめながら機上の人となりました。





今回は本当に沢山の人にお世話になって無事に日本に来れました。自分ひとりでは生きて行けない事を痛感し、人の温かさ、有り難さに終始手を合わせる気持ちでした。2日後の血液検査は先回抗がん剤治療をスキップしたにもかかわらず、白血球は増え、上々の結果となり化学治療を受けました。私の人生の軌道修正を助けてくださった多くの人たち、友達に心から感謝をいたします。ありがとうございました。
オームシャンティ、シャンティ、シャンティオーム





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