2014年5月8日木曜日

富山、入善を訪ねて。

肩の脱臼をかばうように巻かれた腕布で東京に戻る。
惨めな凱旋、しかしバリでの10日間はアッと言う間に過ぎ、
楽しい犬との生活がまた恋しくなってきました。

5月は少し暖かくなったので、バリで作った銀細工された杖をトモカのおじさんに、
プレゼントがてら初めての富山の旅に出かけました。
家内の生まれ故郷の富山に新鮮な気持ちと期待が膨らみます。
立山連峰に残る雪を車窓から眺めていると、日本の原風景。
険しい山、厳しい日本海そこに育む生活はバリに住んでいる私には想像ができない。

バリで作ったティーク材の杖にマスの銀細工を施したもの。

入善と言う駅で降りる、そこは典型的な地方の駅前、連休だのに人一人歩いていない、
シトシトと降る雨の中、トモカの知り合いが庵主である「好椿庵」を訪ねる。
そこは落ち着いたたたずまいの一軒家、門からの庭には沢山の椿が植えられ、
母屋へと招いてくれる。民芸的なたたずまいの家は大木の梁が重厚さを増す。
中は隙間もないくらいのコレクションが無造作に並べてある。陶器、木彫り、面、絵画、仏像 などなどあらゆるものが壁に棚に床にちりばめてある。
いろりを囲み庵主の話を聞くがその話題は和歌から現代美術までとバリエーションのある会話でした。独学書道、独学墨絵もかかれ、その文人的才能と悠々自適の82歳には脱帽。



庵主の仕事テーブル


この後、発電所美術館に、入善町の水力発電所が再建される時、
前町長が古い発電所を町の美術館にと働きかけて出来た「発電所美術館」。
山麓にある100年前のレンガ作りの建物は古さを感じさせない
又、時間を感じさせない威厳のある建物だった。



中は天井の高いスペースで一本の柱もない広い空間が見通うせた。
彫刻からタブロー、インスタレーションまでいろいろのジャンルの現代美術が展示され、
作品にはこの特異なスペースに負けない存在感が必要な気がした。
靉嘔や斉藤義重の作品もあった。奥にはタービンの大きな機械が鎮座し、
壁には水が流れ落ちる大きな水口が残されていた。
配電盤が発電所時代を想像させてくれる。
子供達のアートワークショップや、レジデンスアーティストの工房も備えられている。
こんな片田舎の町に素晴らしい発想で現代美術を発信している美術館がある事自体、
誰が想像出来たことでしょう。
町の歴史と未来をみてのこのプロジェクトを遂行した前町長に脱帽。




小雨が続く入善町を山の上に向かって行く、そこには昔あった「舟見城遺跡」がある。
山頂は霧に覆われ水墨画の世界が広がっていた。
本陣跡に作られたこの地方の屋敷、大きな梁と高い天井が印象的な民家。
保存にも大金がかけられた。
大きな檜の一枚板の戸はその木目の美しさを数百年の時間保つ。
米俵が梁にぶらさがっていた、聞くと湿気、ネズミから米を守るの為に吊ってあると言う。歴史を体感出来る博物館のようでもあった。



崖の方には舟見城跡、この建物もこの地の有志が自分の退職金を投出して再構築したもので、天守閣からは日本海、入善の町が一望出来る。
霧に埋まった景色は絵画的情緒と詩的な世界を与えてくれた。
前町長の文化的意識の価値観と情熱が残した地域の遺跡が今も蘇っているのは、
人が歴史、文化を残す役割を果たした結果なのだろう。
経済効果中心の地方行政もこの入善町の文化的行政を少しは見習ってほしいものだ。





天守閣から一望する入善町、遠くには日本海















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